アイキャッチ写真:レジ不具合のためマクドナルド本日閉店です。
私の、書籍や雑誌の購入形態は2つありました。
ひとつは、あらかじめほしい書籍や雑誌が決まっている「指名買い」はAmazon。
もうひとつは、書店や駅売店やCVSなどでのひらめきで「見つけ(発見)買い」は現場店舗。
現在発売中の月間文芸春秋8月号で知った「令和元年の人生ゲーム」麻布競馬場著:文芸春秋社刊。
作家・元外務省職員の佐藤優氏のページ「ベストセラーで読む日本の近現代史」第131回で紹介されていた本です。
紹介の中で、「シロクマ」の話をする応募者の話に衝撃を受けました。
私の時代はベビーブームの世代、団塊の世代で入学試験の点数で入学が決まったのですが、今は、AO入試や推薦入試が主流になりつつあるそうなのです。
AO入試などは、より良い制度を求めてできたものだと思いますが、視点を変えるとだましあいが侵食かと感じてしまう。まこれも世の中ではあり得ることですが。
私は、キャリアコンサルタントとして就職の支援を行ったりしていますが。
だましあいには加わるのは好みません。
大学生新卒の就職活動で、ある雑誌を見ていたら、面接官から聞かれる「学生時代に力を入れたことは?」は、質問の定番だそうです。略して「学チカ」というらしいのですが、これもだましあいになることもありそうです。
「学生時代に力を入れたことはありません。」というのはダメなのでしょうかね。
スタート地点をここにおいてから、自分を語る方法がありそうですけれど。
なお、文春のページでは、「Z世代は、今の社会を作った世代に起こっている。」というサブタイトルをつけていますがこれは違う。世間一般でいう「Z世代」安易な世代論に集約するのはマスコミのわるいくせですが月間文春も「レッテル貼り」という、私にすれば「マスコミの社会的悪事」を働いてしまっています。
世代論で語るよりも事実で語るほうが議論が生まれることになり本質に気づくことになり、制度や政策も包含した日本社会が成長するきっかけになっていくと思います。
ま、マスコミは社会が成長しては困るのかもしれません。自分たちで牛耳ることができなくなるののが怖いのか、既得権力を失うのが怖いのか、無意識にレッテルで整理していしまいます。
私たちも「団塊の世代」、「昭和の世代」として一緒くたに扱われてきたように感じます。今も一緒くたに扱われているように感じます。
「Z世代」として扱われている方も、同じような感想を持ちませんでしょうか。
一方で、「多様性」をうたうマスコミもっと言うとコメンテーターや記者(組織のせいにすると思いますが)再考を期待します。
仕事で、「新聞記者をやって、社会が変わらない。」からと言ってやめた人にもお会いしました。
ライフキャリアは、マルチサイクル、マルチステージになってきています。
以上
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