(アイキャッチ写真)後藤新平(著作権フリー)。岩手出身の偉人は、仕事に関して残すものとして「人を残す」を最上としました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
1,何ももたずに死んでいく、結局は。
ホチキス止めのメモが出てきました。
その裏面に、「花の井」と書いてあり、女優さんが美しかったためでしょう。
ハッとしました。
続いて2行。
「何ももたずに世に生まれ、何ももたずに死んでいく」
と書いていました。
最近の私にとって、俯瞰すると人生はこんな風にも見えているのです。
「何も持たずにこの世に生まれきて、何も持たずに死んでいく。」
ただし、「生から死までの間にある人生の主人公は、生きている自分。」
実存主義のようですが、こう思います。
色んな場面で色んな人にお会いしました。
いろんな人が、相手や、年月や、状況が変われば人間が変わってしまう。
それに気づいた時に終わりを感じてきた。
別の状況の人生が始まると、どんどん別の人間になっていく。
一体自分はなんのために生きているのか。
よくも悪しきも欲望を満たすためだったのか。
生まれた時、場所、そして経済も含めた環境の違いはあるが、
家族の看取りや、在宅介護や施設介護をして思うことは、
実は、死は身近にあるということ。
人は皆、とどのつまりは「何も持たずに世に生まれ、何も持たずに死んでいく。」。
2,死んだ男の残したものは
1965年、作詞:谷川俊太郎、作曲:武満徹
昔の反戦歌だったと認識しています。
昨年11月にお亡くなりになられた谷川俊太郎さんの詩歌。
「死んだ男の残したものは」を思い出したメモだと思います。
歌詞の2番は「死んだ女の残したものは」になる。
1,死んだ男の残したものは
ひとりの妻と
ひとりの子供
ほかには何も残さなかった
墓石ひとつ残さなかった
2,死んだ女の残したものは
しおれた花と
ひとりの子供
ほかには何も残さなかった
着もの一枚残さなかった
3,死んだ子供の残したものは
ねじれた脚と
乾いた涙
ほかにはなにも残さなかった
思い出ひとつ残さなかった
4,死んだ兵士の残したものは
こわれた銃と
ゆがんだ地球
ほかにはなにも残せなかった
平和ひとつ残せなかった
5,死んだ彼らの残したものは
生きてるわたし
生きてるあなた
ほかには誰も残っていない
ほかには誰も残っていない
6,死んだ歴史の残ったものは
輝く今日と
また来る明日
ほかには何も残っていない
ほかには何も残っていない
3,後藤新平は、「人を残す。」
岩手から世界への先駆けの一人です。岩手県水沢市の出身です。医者になりドイツに留学したり、その後、有名なのは、満州鉄道総裁(私自身、仕事で中国の大連は訪問した経験があります。)
復員兵の日本入国の際の国を上げた検疫事業なども。
そして東京市(当時)市長として震災復興に尽力、現在の東京の都市骨格、公園や公共施設の整備の骨格、今の環状道路、放射状の明治通りや靖国通り昭和通りなど東京の交通設計。
東京放送局(のちのNHK)の初代総代も。
倒れる日に残した後藤新平の言葉は「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」だそうです。この言葉の迫力もすごい。
以上
コメント